裁判員制度の抜本的見直しと実施の延期を求める決議
1  裁判員の参加する刑事裁判に関する法律が、来年5月21日より施行されることとなった。
2  当会は、この法律により開始されることとなっている裁判員制度について、以下の理由により、その抜本的見直し及び実施の延期を求めるものである。
 まず、第1に憲法上の疑義が払拭されていないことである。
 憲法32条と37条1項は、被告人に公平な「裁判所」での裁判を受ける権利を保障しているが、裁判員が加わる裁判は、「裁判所」での裁判とはいえないばかりか、憲法76条3項に定める裁判官の独立をそこなうものであり、違法の疑いが強い。
 また、国民に裁判員となることを辞退する自由が認められず、評議の秘密等の漏洩について刑罰を科してまで強制することは、憲法19条が保障する思想及び良心の自由を侵害するものであるばかりか、憲法18条に定める意に反する苦役に服させるものであって、国民の基本的人権を侵害するおそれが強い。
 被告人には裁判員が加わる裁判を拒否する自由を認めず、裁判員となる国民には重大な義務と負担を課する制度であるにもかかわらず、このような憲法上の問題を残したままこれを実施することは、国民の理解が得られないばかりか、将来に禍根を残すことになる。
 第2に、この制度は、刑事裁判の根本を変質させる契機を多く含んでおり、このままでは公平な裁判所で裁判を受ける権利がないがしろにされる可能性が大きい。
 その典型は、部分判決制度である。
 裁判員の負担の軽減のために導入されたこの制度は、審理に関与しない事件についても裁判員の判断を求めるものであり、被告人に対しては、そのような裁判員が加わった裁判を強制するものである。
 同様のことは更新手続にも表れている。
 審理を最初からやり直すことが保障されていない更新手続は、審理の一部しか知らない裁判員による裁判と同じであり、到底、公平な裁判所ということはできない。
 また、この制度は、公判前整理手続と一体となって実施されるものであるが、同手続は、その手続終了後は、もはや新規の証拠の提出を認めないことを原則とする刑事訴訟法316条の32の規定の存在を含め、防御権、弁護権を侵害する危険が内包されており、徹底した審理とその上に立った公正な判断が実現される裁判とはならないものである。
 第3にこれまでの刑事手続の問題点が解消されないまま、裁判員制度が始まることによる弊害である。
 証拠法上、伝聞例外規定がそのまま残っている上に、取り調べの方法にも特段の変化はなく、勾留からの早期の解放など被告人と弁護人との意思疎通の確保を保障する状態にはほど遠く、「人質司法」の改善は達成できていない。自白偏重の体質も改まっていない。
 そのような現状のもとで、この制度が実施されれば、裁判員の負担軽減のかけ声のもと、今以上に手続は拙速に流れ、防御権、弁護権が十分行使できないまま裁判が終結し、被告人にとって、納得のいく裁判が行われないことになる。その結果、誤判の可能性も増大するおそれがある。
 第4に国民に重い負担を課するものであるにもかかわらず、裁判員となることを拒否する自由が認められていないことである。
 たとえば、「人を裁きたくない」「死刑判決が予想される裁判には加わりたくない」といった素直な人間的感情や信条にもとづく辞退は、ほぼ認められない。憲法が保障する最も根源的で基本的な権利が尊重されないこの制度は、意に反する苦役からの自由を否定するものである。
 そのほか裁判員には、一定の行為に対し、様々な罰則や制裁が予定されている。
 実施の一年前となっても、この制度に対する国民の理解や参加への意欲が十分とはいえないのは、制度のあり方にこのような問題があるからである。
3  以上のとおりであり、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とするわれわれは、この制度の抜本的見直し及びそれらが行われるまでの実施の延期を求めるものである。
   2008年(平成20年)5月24日
栃木県弁護士会 総会