栃木県弁護士会からのお知らせ

いわゆる共謀罪の創設に反対する会長声明

1 本年8月26日、「組織犯罪集団に係る実行準備行為を伴う犯罪遂行の計画罪(テロ等組織犯罪準備罪)」の新設を内容とする組織犯罪処罰法改正案(以下、「新法案」という。)が国会提出される旨の報道がなされた。その後、本年の臨時国会への提出は見送られたと報道されたが、今後同法案が国会に提出される可能性は高い。同法案は、罪名や要件に変更が加えられているものの、実質的には、平成15年以降、3度国会に提出され廃案となっている、いわゆる共謀罪の創設を目的とするものである。

2 いわゆる共謀罪とは、二人以上の者が犯罪を行うことを話し合って合意することを処罰対象とする犯罪類型である。
 新法案はテロ等組織犯罪準備罪の要件について、犯罪の遂行を2人以上の者が計画し、計画者の「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の準備行為が行われたとき」を要件とすることで、処罰範囲を限定したものとしている。しかし、「共謀」が「計画」になったとはいえ、行為ではなく思想や内心自体が処罰される危険性があり、近代刑法の原則に反するというべきである。また「準備行為」を要件としたとしても、たとえばATMから預金を引き出すといった単なる私生活上の行為が、犯罪の実行のための資金の取得と見なされる可能性があるなど、予備罪より前の危険性が低い行為を広く含みうるおそれがあり、その適用範囲が限定されたものとは考えられない。そのため、たとえ「計画」や「準備行為」を要件としても、テロ等組織犯罪準備罪は、処罰範囲が捜査機関の運用に委ねられる可能性があり、従来からの問題点が解消されたものとはいえない。

3 また、報道によると、新法案では、テロ等組織犯罪準備罪の適用対象は、その目的が長期4年以上の懲役・禁錮にあたる罪を実行することにある団体である「組織的犯罪集団」に限定されるとしている。しかし、対象犯罪が600以上にのぼるため、過度の規制となりうるうえ、単に「団体」としていたのを「組織的犯罪集団」に変更したとしても、対象となる団体の範囲は不明確であることから、その運用によっては適法な活動をする団体が組織的犯罪集団とされてしまう可能性がある。すなわち、市民団体がマンションの建設に反対して現場で座り込みをしたり、労働組合が徹夜も辞さずに団体交渉を続けようと決めるだけで、組織的威力業務妨害罪や監禁罪のテロ等組織犯罪準備罪とされる危険性がある。そのため、新法案によっても、憲法上保障された思想・良心の自由、表現の自由、結社の自由を大きく侵害する可能性が高い。

4 さらに、共謀ないし計画は二人以上の者の合意であるから、その捜査対象は市民の会話、電話、ファックス、電子メールなどになる。そのため、テロ等組織犯罪準備罪を実効的に取り締まるためには、通信傍受法の対象犯罪の拡大、手続の緩和など、捜査機関がより国民のプライバシーを把握しやすくなるような法制度が必要になる。通信傍受の適用範囲を拡大する刑事訴訟法改正案が成立した情勢に鑑みると、テロ等組織犯罪準備罪の新設は、捜査の名の下に通信傍受が頻繁に行われるなど、市民のプライバシーが侵害されることが常態化しかねない危険性をはらんでいる。

5 加えて、政府は、共謀罪の創設を目的とする法案は、国連越境組織犯罪防止条約を批准するために成立させる必要があると説明してきた。
 しかし、同条約は国際的な組織犯罪を防止することを目的とする条約であるにも関わらず、政府の準備する法案は国境を越えるという性質である「越境性」が要件にされておらず、立法目的を越えて規制を行う過度に広汎な立法であると言わざるを得ない。
 また、同条約は、組織犯罪に関連する重大な犯罪について、合意により成立する犯罪が未遂以前で処罰可能とされていれば批准することができるところ、我が国の刑罰法規はかなりの範囲の犯罪について予備や陰謀など未遂以前の行為を処罰する規定を備えており、且つ判例上未遂以前の段階である予備罪についても共謀共同正犯の成立も認められている。そのため、いわゆる共謀罪の規定を創設せずとも条約の批准は可能であり、いわゆる共謀罪の創設は不要である。

6 以上のように、新法案は我が国の刑法体系の大原則に反し、基本的人権の保障と深刻に対立する上、過度に広汎な処罰の危険性を内包するものであり、国連越境犯罪防止条約の批准にも不要であり、従来の共謀罪法案の問題点が解消されたとはいえない。したがって、当会は共謀罪法案に反対するとともに、政府に対し新法案の提出を断念するよう求めるものである。

2016年(平成28年)10月27日
栃木県弁護士会
会長 室 井 淳 男