栃木県弁護士会からのお知らせ

高齢者の消費者被害の予防と救済のためのネットワークづくりの充実発展に関する意見書

2014年9月29日
栃木県知事 殿
栃木県各市町長 殿
栃木県弁護士会
会長 田 中   真


は じ め に
 高齢者の消費者被害が増加・深刻化しつつあり,その予防と救済を効果的に行うために,高齢者の消費者被害に関する見守りネットワークづくりの取組の必要性が強く認識されるに至っている。すなわち高齢者の消費者被害の予防と救済のためには,高齢者の生活に密着したところで活動している人々に被害発見の担い手(見守り者)となってもらい速やかな消費生活相談につなげて行く対応を行える関係を確保することが重要である。また,高齢者及び見守り者に対して,予防のための注意を喚起し,情報を迅速かつ確実に提供し続けていくことも必要である。そして,相談や情報提供に対しては,行政及び民間における消費生活部門と高齢者福祉部門が現場において連携し,その被害の救済や被害の深刻化の予防のために対応していくことが求められている。当会では,栃木県において「高齢者の消費者被害防止提携強化事業」を策定し,高齢者見守りネットワークを全市町に設置済みであることは認識しているが,それを充実発展すべく,僭越ながら下記の意見を述べる。

意 見 の 趣 旨
1 高齢者見守りネットワークの存在が必須であるとの認識のもと,その実効性を高めるため,見守り関係者が円滑に連絡し合える制度を構築すべきである。
2 相談機関においては,被害にあった高齢者からの聴き取りを強化し,そこで得た被害者の心理や被害にあったときの具体的な状況を出前講義等の情報発信の場で生かすべきであるとともに,地方公共団体においては,出前講座の利用を増やしていくよう更なる周知をすべきである。
3 消費者被害防止のために,金銭の管理・使途に関する啓発をするとともに,成年後見制度の理解を深め,有効活用すべきである。

意 見 の 理 由
1 意見の趣旨第1項[行政や民間の連携に支障が出ない運用を]
 高齢者の消費者被害の特徴として挙げられる点があるとすれば,日頃のコミュニケーション不足に陥りがちで孤独である,子ども等に迷惑をかけられないことから閉鎖的になる,身体の不調等からなかなか相談機関に辿り着けないということに加えて,金銭的な蓄えがあるということになると思料する。
 このような消費者被害を防止し救済するためには,単に相談体制の拡充や取締の強化をするだけでは十分ではない。高齢者の身近で活動している人達に,高齢者と継続的なつながりを持った形で悪質商法やその被害状況などに関する的確な注意喚起・情報提供を行い,また消費者被害を早期に発見するための体制としての高齢者見守りネットワークが必要である。高齢者見守りネットワークは,地域包括ケア実施のための地域包括支援センターを中心として,地域包括支援センター,社会福祉協議会,ケアマネージャー・ホームヘルパーや訪問看護等を行う介護事業者,民生委員,自治会関係者,地域ボランティア等(以下、「見守り関係者」という。)の積極的な参加によって,実効性のあるものとすることができる。
 また,ネットワークづくりには,行政における消費生活部門と高齢者福祉部門の連携が極めて重要な意味をもつため,地域包括支援センターや社会福祉協議会などと消費生活センターの協働関係を日常的に確保していくことが必要である。
 そこで,重要なことは,見守り関係者が,高齢者の尊厳を支え,プライバシーを確保しつつ,円滑に連絡し合える関係を確保することである。消費者被害の加害者は,度重なる個人情報流失等で問題が更に顕在化したように,消費者の多くの個人情報を保有して,それを悪用し利潤を上げている。他方,高齢者消費者被害の一翼を担う高齢者見守りネットワークが,個人情報保護(情報公開法5条1号等)の壁でつまずき,情報を持ち得ていないため後手に回るというのでは実効性が確保できない。
 例えば,東京都中野区においては「中野区地域支えあい活動の推進に関する条例」を定め,区長は,地域における支えあい活動を推進するために必要があると認めるときは,団体等に対し条例で定めた事項の情報を提供することができることとし,情報交換を円滑に行う工夫が立法によりなされている。
 現状において,一定の場合には,見守り関係者が,個人情報保護の壁を乗り越えられるような柔軟な運用により円滑な連絡をし合うのが望ましいが,それが難しいのであれば,前述のような条例を定め,それに則り円滑に連絡し合える関係を確保することが必須である。
2 意見の趣旨第2項[聴き取り強化とそれを生かした情報提供]
 現在,県は,県民に対して,ハンドブックやポスター等で高齢者の被害の特徴等を情報発信し,消費者被害の予防の効果を上げているものと思料する。しかし,ハンドブックやポスター等のように抽象的にまとめられたものでは,実際に被害当事者が話す内容と比べて臨場感が伝わりにくいという面があることは否めない。
 そこで,ワンランク上の情報提供を提案したい。
高齢者の消費者被害の1類型として挙げられている特殊詐欺の大きな問題は,交渉相手となる加害者の所在がつかみにくいという点である。他方,そのような一般論があったとしても,なお相談現場においては,被害救済ができないかと苦慮し,丁寧な聴き取りをしてきたのである。そこで,その丁寧な聴き取りの中で出てきた被害の実情や経過を栃木県や宇都宮市等で実施している悪質商法の被害を未然に防止するための出前講座で丁寧に話し,今後の被害防止に生かすべきである。また,もし被害にあった高齢者が出前講座に同行してもよいというのであれば,同行してもらい被害当事者の話を多くの県民に伝えていくべきである。
 なお,出前講座の周知徹底は,今後も一層強化するとともに,包括支援センターや自治会等で積極的に利用するよう呼びかける必要がある。また,福祉関係者の出前講座の利用がごく一部にとどまっている現状をふまえ、高齢者の消費者被害の実態を把握し必ず現場で生かすことができるよう,例えば,従前のヘルパー2級に相当する介護職員初任者研修の中に出前講座の受講を入れる等の処置ができればなおよいと考える。
3 意見の趣旨第3項[金銭の使途・管理に関する啓発]
 消費者教育推進法1条は,消費者教育が,消費者が自らの利益の擁護及び増進のため自主的かつ合理的に行動することができるようその自立を支援する上で重要であると謳っている。消費者は,日常として自己が保有する金銭をどのように遣うのかということを問われており,その過った使途の最たるものが消費者被害である。
 老後を安心して暮らしたいと願う高齢者にとって,老後のお金の問題は大きな不安要素であるが,お金の不安というのは高齢者に限ったものではない。高齢者の生活や経済活動に立ち入ったアドバイスをするのは気も引けるが,身の丈に合った生活ができているのであれば,それで十分であると啓発し,消費者被害に陥りやすい心理状態から解放させるべきである。
 また,高齢者及びその家族の中には,成年後見等について認識不十分な者も存在する。県や市町は,高齢者の消費者被害に関する見守りネットワークに関わる者に対し,成年後見等の財産管理制度に関する講義等を開催し正確な知識を与え,それを現場で高齢者及び家族に伝えて有効活用していくべきである。
4 おわりに
 当弁護士会においては,本意見を提言するにあたり様々な関係機関からヒアリング等を行ってきた。ヒアリングに協力していただいた団体等には,この場を借りて改めてお礼を言いたい。
 当会においても,今回を機会に,高齢者の消費者被害の予防と救済のための見守りネットワークの重要性を認識したことに伴い,これまで通り消費者法案等の消費者問題に対する声明や意見を発信するのみならず,ネットワークとの協同・連携,見守り活動のための講師派遣,高齢者向けの相談体制の整備,高齢者消費者被害を予防する活動に積極的に支援し協力する決意である。