栃木県弁護士会からのお知らせ

工業団地の造成について環境影響評価が必要となる規模等の要件の緩和に対する意見書

 栃木県の環境影響評価制度のうち工業団地の造成等の規模要件について,これを引き上げる規制緩和の検討がされているところ,次のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨
 下記2件の規模の要件(以下,「本件各規模要件」という。)は緩和すべきでない。
 1 工業団地の造成について,環境影響評価が必要となる対象事業を,普通地域で20ha以上とする規模の要件
 2 自然環境保全協定実施要綱により自然環境調査が必要となる対象行為を,普通地域で5ha以上とする規模の要件

第2 意見の理由
 1 現行制度の規模要件
 栃木県環境影響評価条例により環境影響評価が義務付けられる対象事業の規模要件は,同施行規則に定められており,現行の同施行規則では,普通地域での工業団地の造成の事業についての規模の要件は,20ha以上となっている(同施行規則別表第1,条例別表第9号に掲げる事業(6の項に掲げる事業を除く。))。
 また,自然環境の保全及び緑化に関する条例に基づく自然環境保全協定締結(同条例26条)の対象行為の当否に関し,自然環境保全協定実施要綱により自然環境調査が必要となる各行為の規模の要件は,5ha以上とされている。


 2 規模要件緩和の程度とその理由
 現在,本件各規模要件につき県による見直し作業が進められており,前者の規模の要件を,現行の20ha以上から50ha以上にすること,後者の規模の要件を現行の5ha以上から20ha以上にすることについて,栃木県環境審議会に諮問がされている。
 本件各規模要件の緩和の理由については,「本県の生活環境は環境法令の整備等により昭和50年代と比較し大きく改善していること,また,持続的に発展することができる社会の構築の観点から良好な環境の保全と秩序ある土地利用のバランスをとる必要があること等」とされ(諮問理由書),また,「普通地域における50ha未満の工業団地造成事業等の迅速化が期待される。」(県環境森林政策課自然環境課作成の「改正方針について」)とされている。


 3 規模要件緩和の理由がないこと
(1) 良好な環境の保全にとって必要なのは生活環境の改善だけではないこと
 1999(平成11)年度の栃木県の「環境の状況及び施策に関する報告書」によると,1998(平成10)年度の二酸化硫黄(SO2)は,21か所の測定局の年平均値が0.005ppm(報告書中のグラフからの読み取り値。以下同じ。),日平均値の2%除外値も0.009 ppm と現行の環境基準の0.04 ppm を大幅に下回っていた。二酸化窒素(NO2)についても,1998(平成10)年度には,一般環境測定局(21か所)の年平均値で0.016 ppm,98%値で0.032 ppmと現行の環境基準の0.04 ppmを下回っている。また,浮遊粒子状物質(SPM)についても一般環境測定局の年平均値は0.03 mg/m3,2%除外値は0.08 mg/m3と環境基準の0.10 mg/m3を下回っている。さらに,水質についても,全類型の環境基準達成率は77%(1997年度は86%)にもなっていたのであり,栃木県環境影響評価条例が施行された1999(平成11)年の時点で,すでに大気汚染及び水質汚濁は昭和50年代に比べて相当程度改善されていたものである。
 そうであるにもかかわらず,同条例が制定され,環境影響評価手続が必要となる工業団地造成の規模要件を20ha以上としたのは,同条例の目的が,大気,水,土壌その他の環境の自然的構成要素を良好な状態に保持するだけでなく,生態系の多様性の確保,野生生物の種の保存その他の生物の多様性の確保を図るとともに,森林,農地,水辺地等における多様な自然環境を地域の自然的社会的条件に応じて体系的に保全することをも目的にしていたからに他ならない(環境基本法第36条,第20条,第14条)。
 したがって,大気や水といった自然的構成要素が改善していたとしても,それのみでは環境影響評価条例の対象事業について規模要件の緩和の理由とはならない。
 では,栃木県内における生物の多様性は良好な状態にあるのであろうか。
 この点に関しては,栃木県内の生物多様性が年々悪化していることを示す調査結果がある。
 すなわち,2005(平成17)年に策定された栃木県版レッドリスト(第1次)では,鳥類は64種がリストアップされていたところ,2011(平成23)年に策定された栃木県版レッドリスト(第2次)では,そのうち4種がランクダウン又はリスト外となり絶滅のおそれは弱まっているが,新たに5種がリスト入りした他,2種がランクアップし,絶滅のおそれが強まっている。
 また,2010(平成22)年9月策定の「生物多様性とちぎ戦略」において,野生動植物の生息・生育環境の現状について,「都市化の進展,大規模開発などにより野生動植物の生息・生育地の減少や細分化が続いています。」と指摘され,行動計画について,「環境影響評価制度や自然環境保全協定制度により,希少種の保全,在来種を活用した緑化などのほか,生態系ネットワークの維持・形成の観点からも適切な配慮がなされるよう努めます。」と明記されており,これらの記述は,2016(平成28)年3月の見直しによっても,維持されているところである。
 栃木県の生物多様性の現状がこのようなものであるにもかかわらず,5haもの広大な土地を,生物多様性に対する何らの配慮もなく改変することを認め(自然環境保全協定実施要綱による環境調査),あるいは20haもの広大な土地を,生物多様性に対する十分な配慮もなく改変することを認め(環境影響評価条例による環境影響評価)れば,生物多様性を益々悪化させることになる。ましてや,5haを超えて20haまで,あるいは20haを超えて50haまでの工業団地造成につき生物多様性に対する配慮を不要とすることは,生物多様性に対するより大きなダメージを与える結果となることは明らかである。
(2) 持続的に発展することができる社会の構築の観点からは規模要件の緩和は妥当でないこと
 持続的に発展することができる社会とは,いわゆる「持続可能な社会」のことであろう。これは,将来世代の欲求を満足させつつ,現在の世代の欲求も満足させる可能性をもった社会を言うものとされている。そして,持続可能な社会の構築が急務なのは,大量生産,大量消費,大量廃棄の社会構造を続けていては,資源の枯渇,温暖化,廃棄物による汚染,生物多様性の破壊をもたらし,人類には未来はないとの認識が,全世界で共有されたからに他ならない。
 これらの人類に対する脅威の不可逆的進行をくい止め,持続可能な社会を構築するためには,後述する栃木県環境基本計画(2016年3月策定)にあるとおり,低酸素社会の構築,循環型社会の構築及び自然共生社会の構築が,可及的速やかになされなければならないことも,全世界での共通認識となっている。
 しかるに,栃木県の生物多様性の現況は,前述のとおり,「都市化の進展,大規模開発などにより野生動植物の生息・生育地の減少や細分化が続いてい」るのであり,この事実に照らせば,今のままでは,環境基本計画が目標とする自然共生社会の構築,すなわち「豊かで誇れる自然を次世代に引き継ぐ社会づくり」などできないことは明らかである。まして,本件各規模要件を緩和して,工業団地造成につき,5ha以上20ha(自然環境調査)あるいは,20ha以上50ha(環境影響評価)まで,生物多様性に対する配慮を不要としてしまっては,「豊かで誇れる自然を次世代に引き継ぐ社会づくり」は,ほぼ絶望的とさえ言える。
 「豊かで誇れる自然を次世代に引き継ぐ社会づくり」のためには,環境影響評価条例の規模要件の緩和ではなく,強化こそが求められているのである。
 「秩序ある土地利用のバランスをとる必要」を理由に,環境影響評価条例の規模要件の緩和をすることは,かつて,深刻な公害に対処するため,1967年に公害対策基本法が制定された際に,「生活環境の保全については,経済の健全な発展との調和が図られるものとする」との経済調和条項が設けられたことと一脈相通ずるものがあり,共に時代要請に反するものといわなければならない。経済調和条項については,その後の1970年の公害国会で削除されたが,本件各規模要件の緩和については,実施しないでおくのが賢明な判断であろう。
(3) 普通地域における50ha未満の工業団地造成事業等の迅速化について
 工業団地造成について,環境影響評価や自然環境調査を義務付ければ,各手続きが義務付けられない場合との比較で,その分費用や時間を要することは否定できない。
 しかしながら,企業が工場の設置を決定するのは,工業団地が造成された後であるから,工業団地の造成が多少遅れたとしても,企業の進出に遅れが出るわけではない。また,工業団地造成の事業主体は,多くが普通地方公共団体やその全額出資による公社,あるいは特別地方公共団体や独立行政法人であることから,工業団地造成について環境影響評価や自然環境調査が義務化されていても,工場の設置を予定している企業の負担となるものではない。
 そして,企業において進出すべき工業団地を選定するうえで最も重視するのは「地価」である(経済産業省・工場立地動向調査・立地地点選定理由別選択件数)から,造成された工業団地が売れ残らずに利用されるかどうかについては,環境影響評価や自然環境調査の要否は関連性がない。
 結局,「工業団地造成事業等の迅速化」により直接的な利益を享受するのは,進出企業ではなく工業団地造成の事業主体であり,「工業団地造成事業等の迅速化」により工業団地としての土地利用が図られることにはならない。
(4) 小括
 以上のとおりであるから,栃木県が言う本件各規模要件の緩和の理由は妥当ではなく,これを理由にする本件各規模要件の緩和は,認められるべきではない。


 4 規模要件が厳しいことは誇るべきものであること
 栃木県は1999(平成11)年3月に第1次「栃木県環境基本計画」を,2011(平成23)年3月には第2次計画を各策定し,2016(平成28)年3月には,将来像に「守り,育て,活かす,環境立県とちぎ」を掲げる新たな環境基本計画を策定している。
 その中で,低炭素社会の構築,循環型社会の構築,自然共生社会の構築が基本目標として設定され,そのための共通的基盤的施策として,環境影響評価の推進が掲げられている。その方向性は正しく,環境影響評価や自然環境調査の対象規模要件について,他の都道府県との比較で広範であることは,むしろ当然のことであり,誇るべきことであるとすら言える。
 環境影響評価制度は,これまで,国法レベルでも条例レベルでも,その内容の充実が図られてきたが,本件各規制緩和は,その流れに逆行するものであり,且つ栃木県環境基本計画とも相容れないものである。

 5 結論
 よって,当会は,本各規模要件の緩和をすべきでないと考える。

以上

2016年(平成28年)8月25日
栃木県弁護士会
会長 室井 淳男