栃木県弁護士会からのお知らせ

民法の成年年齢引下げに反対する会長声明

1 平成27年5月に成立した日本国憲法改正手続に関する法律(国民投票法)の附則を受けて、平成27年6月17日に公職選挙法が改正され、選挙年齢が18歳に引き下げられることとなった。そのため、同法附則3条1項が選挙年齢と共に検討課題とした民法の成年年齢引下げの問題が政府において議論されている。

2 民法の成年年齢が引き下げられた場合の大きな問題点は、18歳、19歳の若者が未成年者取消権(民法5条2項)を喪失することにより消費者被害が増加することである。
 現行民法では、未成年者が単独で行った法律行為は未成年者であることのみを理由として取り消すことができる。そのため、未成年者取消権は、未成年者が取引行為によるリスクを回避するにあたり絶大な効果を有し、この効果は未成年者に違法もしくは不当な契約締結を勧誘しようとする事業者に対して、大きな抑止力にもなっている。このことは、全国の消費生活センターに寄せられた消費生活相談のうち、20〜22歳の1歳当たりの平均相談件数が、18〜19歳と比較して1.37〜1.89倍(2009年から2015年)と急増していること(国民生活センターの統計による)からも明らかである。
 一方で、若者に対する消費者被害を回避するためには、消費者全般を保護する法改正にとどまらず、より一層の消費者教育の拡充が重要である。しかし、我が国ではそのような施策の実施は未だ不十分な状況にあり、若者の消費者被害にかかる理解は十分とは言いがたい。
 このように、未成年者取消権の果たしている役割や若者の消費者被害防止施策の現状に照らしても、現段階で民法の成年年齢引下げを断行すれば、未成年者取消権の喪失によって18歳、19歳の若者の消費者被害が増加することが容易に想定される。

3 そもそも、法律における年齢区分は、それぞれの法律の立法目的や保護法益ごとに、若年者の最善の利益と社会全体の利益を実現する観点から、個別具体的に検討されるべきである。例えば、未成年者喫煙防止法、未成年者飲酒禁止法は、若年者の健康被害の防止の観点から20歳を年齢区分としているほか、競馬法、自転車競技法等は、若年者の健全育成の観点から未成年者の馬券、車券等の購入を禁止しており、それぞれの目的に応じた年齢区分が設けられている。
 選挙年齢の引き下げは、民主主義の観点から18歳、19歳の若年者に選挙に参加する権利を付与するものであるのに対し、民法の成年年齢引下げは、若者に私法上の行為能力を付与するにふさわしい判断能力があるかどうかという問題であるから、同一に考えるべき必然性はない。
 民法の成年年齢引下げについては、若者に私法上の行為能力を付与するにふさわしい行為能力があるかどうかという点を、正面から議論するべきである。このような議論を看過して、国法上の統一性という安易な理由で成年年齢を引き下げられることがあってはならない。

4 また、民法における成年年齢引下げがされれば、養育費の支払い終期が事実上18歳まで早められる可能性があり、18歳以上の子にとって不合理な結果を招来しかねない。また、私法の基本法である民法の成年年齢引下げは、未成年者を保護するべく定められた他の各法律の改正につながることも懸念される。
 したがって、民法の成年年齢引下げに当たっては、他の制度や法律にも影響が及ぶであろうことを前提とした、慎重な検討がなされるべきである。そのためには、民法のみならず未成年者保護を図る各法律の立法目的や保護法益を踏まえ、成年年齢引下げによる影響や問題点を広く把握し、若者と若者を取り巻く多くの関係者らの意見を十分に聴いた上で、多面的な議論がなされる必要がある。
 ところが、現状においては、国民の間でこのような問題に対する条件整備を含めた議論がなされているとは到底いえない状況である。

5 以上のとおり、当会は、民法の成年年齢引下げについては、より十分な時間をかけ、条件整備を含めた国民的議論を経て決定する必要があると考えるから、これが達成されていない現時点において、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることには反対する。

2017年(平成29年)7月27日
栃木県弁護士会
会  長  近 藤 峰 明