栃木県弁護士会からのお知らせ

取調べの全過程の可視化を求める決議

 わが国の取調べは、完全な密室で行われている。そのため、これまで違法・不当な取調べが繰り返され、暴行・脅迫・侮辱・詐術・誘導などの手段により作成された虚偽の自白によって、免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件の死刑再審無罪事件をはじめとする多くの冤罪が生み出されてきた。最近の例をとっても、富山県下で無実の者が虚偽の自白により強姦・強姦未遂事件により有罪判決を受け2年以上も刑に服した後に無罪が明らかになった氷見事件、鹿児島県下で12名もの多数が公職選挙法違反事件について全員無罪となった志布志事件、佐賀県下で連続殺人事件について任意取調べの名のもとに深夜にまで及ぶ17日間の取調べを受け犯行を認める旨の虚偽の上申請を書かされたが無罪判決が言い渡された北方事件などがある。もはや、密室での取調べに依存したわが国の刑事司法手続きが破綻していることは、明らかである。
 
 このような違法・不当な取調べをなくすには、代用監獄制度の廃止・人質司法の改革などとともに、すべての取調べ過程を可視化することが必要である。すべての取調べ過程が可視化されれば、捜査段階でなされた自白の任意性・信用性が争われた場合にその審理を迅速・簡明にすることができるだけでなく、違法・不当な取調べを抑止する効果が期待できることは明らかである。さらに、2009年(平成21年)5月までに裁判員裁判が実施される予定になっているところ、ここでは刑事手続きに関する専門的知識を持たない市民が直接法廷に出席して審理に関与することになるが、このような場に虚偽の自白が証拠として持ち出されることの危険性は計り知れない。また裁判員に過大な負担をかけられないとの理由で、自白の任意性・信用性についての審理が大幅に制限され、虚偽の自白がそのまま証拠として採用される危険性が高まることも危惧される。よって、裁判員裁判が実施されるのであれば、取調べを可視化することは不可欠である。
 
 これに対し、取調べの可視化により犯罪の隠蔽が横行して治安が悪化するとの意見もあるが、世界を見渡せば、欧米諸国のほとんどにおいて録画・録音や弁護人の立会いによる取調べの可視化が実施され、韓国・台湾をはじめとするアジアの国においても取り調べの可視化が実施されており、これらの国において取り調べの可視化によって治安が悪化したとの報告はない。国連の拷問禁止委員会は、2007年(平成19年)5月に日本政府に対して、「全取調べの電子的記録及びビデオ録画」を勧告しており、取調べを可視化することは国際的な常識でもある。最高検察庁は、2006年(平成18年)5月に、「裁判員対象事件における被疑者取調べの録音・録画の試行」として、取調べの録画・録音の試験的実施を発表した。しかしながらこの試行は、対象事件も録画・録音する範囲も検察官の裁量に委ねるものであり、しかも、これまで多くの虚偽自白を生み出してきた警察官による取調べは対象とされていない。こうした部分的な録画・録音では、密室での取調べの弊害は全く除去されないばかりか、かえって取り調べについての誤った判断につながるおそれすらあり、違法・不当な取調べを抑制する効果はない。また、警察庁は、先ごろ、違法・不当な取調べに対する国民の批判を受けて、「警察捜査における取調べ適正化方針」を発表した。これによれば、捜査部門を警察の内部組織が監督するなどにより捜査を適正化するとのことであるが、違法・不当な取調べを放任し続けてきた警察の内部監督で虚偽の自白を排除できないことは、代用監獄の弊害をなくすとの目的で1980年(昭和55年)になされた「捜査と勾留の分離」によってもその弊害がなくならなかったことを考えれば、明らかである。
 
 被疑者・被告人が、適正手続きによる公正な刑事裁判を受けることは憲法が保障する基本的人権であるが、虚偽の自白を排除することはその重要な内容である。そのためには、最低限の制度改革として、また緊急の課題として、取調べの全過程を可視化し、それに違反して自白が得られた場合は自白の証拠能力を排除することが必要不可欠である。栃木県弁護士会は、そのような立法措置を現在開催されている第169国会の会期中に成立させることを、強く求める。
 
 以上のとおり決議する。
   2008年(平成20年)2月23日
栃木県弁護士会 総会