栃木県弁護士会からのお知らせ

適正な弁護士人口に関する決議

1.政府の司法制度改革審議会は、2001年6月に内閣に提出した意見書(以下改革審意見書という)において法曹人口を大幅に拡充することを提言し、この提言に沿って司法試験の合格者は2008年に2,209名にまで増加された。その結果、2001年に1万7,126名であった弁護士数は、2008年には2万6,978名とわずか7年間で約1.6倍にまで増加し、全国の裁判所の管内に弁護士が一人もいないという地域はほぼなくなった。しかし、この間裁判官や検察官の採用人数はほとんど増えず、司法試験合格者数の増加は法曹人口全体ではなく弁護士人口の激増のみをもたらしている。これに加えて、改革審意見書が予想した法曹に対する需要は量的に全く増大せず、かえって裁判所が取り扱う事件数は減少傾向にさえあり、現在では司法修習を終えた新人弁護士の就職難と、経済的な基盤が不安定な弁護士を多数生み出すに至っている。
 
2.ところで、改革審意見書の考え方は、規制を緩和して自由競争を推し進めることで経済を活性化させ、その一方で競争の激化によって生じる紛争や被害者を、法曹人口を拡充することで司法により事後的に解決、救済しようとするものであった。
 しかしながら、ひとたび自由競争の敗者や被害者になった者を司法により事後的に救済することは容易なことではない。このことは、過度の規制緩和がもたらした派遣などの非正規労働者の貧困問題などを見ても既に明らかである。われわれが目指すべき社会は、できる限り弱者や被害者を出さない社会なのであり、自由競争のもとで多数の敗者や被害者を出すことをいとわない極端な自由競争社会は、目指すべき社会のあり方として誤っていると言わざるを得ない。
 また、改革審意見書は、われわれ弁護士に対しても、大量の法曹人口のもとで自由競争することを求めるものであった。しかし、われわれ弁護士の使命は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することにあり(弁護士法1条1項)、この使命は自由競争原理とは両立しないものである。これまで弁護士は、その使命を全うすべく、経済的な面を度外視しても、公害問題・消費者問題・医療問題・当番弁護士・冤罪問題・無料法律相談等々の公益活動や弱者の支援活動に取り組んできた。しかし、弁護士が過度の競争を強いられた場合には、このような公益的活動に取り組むことは極めて困難なことになる。そして、そのような事態は、国民、特に社会的弱者にとっても決して望ましいものではない。
 
3.さらに、弁護士人口の激増による新人弁護士の就職難は、多くの新人弁護士から実務を通じて研鑽を重ねる機会を奪いつつある。弁護士が、弁護士としての使命を果たすためには、資格を取得した後も先輩弁護士の指示のもとで実務を通じて研鑽を重ねることが極めて重要である。しかし、就職先のない新人弁護士の多くは、弁護士資格を取得した後直ちに独立開業することを強いられている。その結果、彼らは、先輩弁護士から弁護士としての使命感を十分に受け継ぐ機会を得られず、また、経済的基盤が脆弱であるがゆえに公益的な活動に力をそそぐ余裕もない。現在、このような新人弁護士が大量に生み出されつつあることは憂うべき事態である。
 
4.当会としても、市民が利用しやすい充実した司法の実現を目指すことに異論はない。しかし、その実現は単に弁護士人口の急激な増加だけで実現できるものではなく、裁判所や検察庁の人的・物的設備の充実や、資力の乏しい市民のための法律援助制度の大幅な拡充なども不可欠である。しかし、そのような施策はいまだ全く不十分な状況にある。それらの施策を放置したまま弁護士人口だけを急激に増加させれば、弁護士としての使命を十分に自覚しない、あるいは自覚する余裕のない大量の弁護士を生み出すだけの結果になりかねない。
 
5.当会は、これまで改革審意見書の考え方や意見書が想定する競争社会に疑問を呈し、弁護士の大量増員に反対する立場を表明してきた。そして、昨年来のアメリカのサブプライムローン問題に端を発する世界的な経済危機は、規制緩和や自由競争を徹底して推し進めた社会が決して唯一の正しい社会ではないことを明らかにした。その結果、改革審意見書の規制緩和と自由競争を推進しつつ、法曹人口の大幅な拡充により司法による事後救済をはかるという基本的な考え方は再考されることが必要になっている。
 そこで当会は、実務を通じて研鑽の機会が得られない弁護士を多数生み出しつつある現在の司法試験の合格者数を直ちに見直すことが必要であると考える。そして、当面、司法試験合格者数を改革審意見書の提言が実施される前の1,000人程度まで減少させ、実務を通じて研鑽を積み、弁護士としての使命を十分に自覚した弁護士を穏やかに増加させるべきであると考える。それと同時に、司法の充実のために必要な施策を検討してこれを実施に移し、その上で最終的にわが国が必要とする法曹人口にふさわしい司法試験合格者数を確定すべきことを提言し、この決議をする。
 
2009年(平成21年)5月30日
栃木県弁護士会定時総会