栃木県弁護士会からのお知らせ

収容・送還に関する専門部会提言に対する意見書

意見の趣旨
 「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」にて提言された諸点は、看過できない問題点も多いことから、提言の内容に以下で指摘した部分については反対し、改正立法に当たっては外国人の人権に対する十分な配慮を求める。

意見の理由
1 2019年10月、法務大臣の私的懇談会である「第7次出入国管理政策懇談会」の下に「送還・忌避に関する専門部会」が設置され、同部会は令和2年6月15日の第10回会合にて報告書「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「提言」という)をとりまとめ、法務大臣に提出されている。今後、本提言に基づいた出入国管理及び難民認定法の改正が想定される。
 本意見書ではこれについて当会の意見を述べる。


2 送還を促進するための措置の在り方について。
 提言は「基本的な考え方」(21頁)で述べるとおり、在留を認め、又は庇護の対象とすべきか否かが退去強制手続等により適切に判別・認定されている必要があるとする。
 しかるに、在留特別許可の許可率は近時大きく低下しており、退去強制手続き(ないし再審情願)において、本邦への定着性、家族の有無、本国での迫害の恐れなど在留特別許可をすべき事情について十分に考慮されないまま、許可がなされずに行政手続きが終了してしまう現状がある。しかも、在留特別許可の許否の判断基準は「在留特別許可に係るガイドライン」及び許可・不許可事例等が公表されているものの、これは処分庁を法的に拘束する基準ではなく、処分庁は自由裁量により決することができるとの立場を入管はとっており、その処分の理由もほとんど示されない。上記在留特別許可をすべき事情を軽視した判断がされることは、送還忌避を発生させる大きな原因のひとつである。「提言」においても認められているとおり、本人の事情を適切に把握するための措置を講じるための手続の充実、改善及び在留特別許可の考慮要素・基準の一層の明確化は不可欠であるが、これを真の意味で実現するには、相当抜本的な改革が必要である。家族の結合、子の最善の利益等の保障が要件として明示されることも必要であると考える。本提言では在留特別許可の手続きの改善がどの程度実現するか不明確で、問題を残したまま、後述する送還忌避罪等による強制のみが機能するおそれが強い。
 かように不透明かつ厳格に過ぎる在留特別許可の運用の結果、送還忌避が生じたのであるにもかかわらず、「提言」は本邦から退去しない行為に対する罰則の創設を提言する。しかし、もとより本邦から退去できない事由を十分に考慮されないまま送還忌避罪の適用に至ってしまうおそれが高いばかりか、たとえば「正当な理由なく」などの抽象的な構成要件が定められることにより、支援者の活動を萎縮させるおそれが高いなど、処罰範囲が広汎かつ不明確になりかねないとの批判は免れない。「提言」をみても、たとえば弁護士が代理人となり退去強制令書発付処分取消訴訟が提起しているなどの事情による場合は、当該弁護士は罪に問わないかのように見える表現もあるが(「弁護士等による正当な活動が犯罪とされることはない」とされている)が、回答が抽象的で犯罪を構成しないとの担保がない。他方、家族や支援者については犯罪を構成しないとの言及がないなど、問題が生ずるおそれは大きい。
 また、「提言」は、送還の回避を目的とする難民認定申請に対処するため、送還停止効に一定の例外を設けるともしている。すなわち、「例えば,従前の難民不認定処分の基礎とされた判断に影響を及ぼすような事情のない再度の難民認定申請者について,速やかな送還を可能とするような方策を検討する」などとする。しかし、複数回の難民申請によって難民と認定された者は、2015年から2018年だけでも、認定数の7.7%(117人中9人)であり(勝訴判決確定後も含む)、人道的配慮では認定数中35.2%(261人中92人)である。この数値からわかるとおり、再度あるいはそれ以降の難民認定申請は決して濫用ばかりとはいえない。加えて、複数回の難民認定申請は、平成29年の1563人から、令和元年には461人にまで激減しており、難民の生命・身体に対する重大な危険を冒してまでも、送還を容易にすべき客観的な事情は認められない。上記「判断に影響を及ぼすような事情」の有無の判断基準も不明確である。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の解釈・勧告等を逸脱しないよう、また難民認定の質の向上が抜本的に図られなければ、難民の地位に関する条約33条のノン・ルフールマンの原則などに反することになる。
 「収容・送還に関する専門部会」を設置した趣旨は、「送還忌避者の増加や収容の長期化を防止する方策やその間の収容の在り方を検討する」とのことである。その解決策として、提言のあげる各方策は、送還忌避者の増加という立法事実の裏付けを欠くうえ(退去強制令書の発付件数と送還件数は概ね釣り合っている)、送還を忌避する事情について十分考慮をしていないのであり、許されないものである。令和2年9月23日に発出された,国際連合の恣意的拘禁に関する作業部会による意見書においても,司法審査の必要性,無期限収容が恣意的拘禁に当たること,および入管収容が最後の手段でなければならないことが指摘されている。仮放免の柔軟な活用、さらには後述する収容期間の上限設定、司法審査の導入などによる収容の長期化防止をはかるべきである。


3 収容の在り方について
 収容期間の上限を設定すること、収容の開始、継続についての司法審査など、手続の適正確保を図るための方策を導入することは必要である。仮放免の透明かつ適切な運用と併せて、長期収容の問題を解決する一手段とすべきである。被収容者の処遇、とくに医療体制の充実等も図られるべきである。
 他方、仮放免その他収容の長期化を防止するためとして、「提言」は「仮放免された者が定められた条件に違反して,逃亡し,又は正当な理由なく出頭しない行為に対する罰則の創設を検討する」としている。しかし、「提言」の指摘するような事案が発生する背景には、仮放免の許否、取消、更新の拒否について基準が不明確で、理由の告知もほとんどされない実情があり(提言51頁もこれを指摘する)、送還忌避罪同様処罰範囲が広汎かつ不明確という問題点があることから、反対する。むしろ、仮放免を許可されたまま長期間を経過している者のために、一時的な在留資格ないし就労許可を付与する制度を創設し、条件違反を誘発する土壌を断つべきである。また、「新たな収容代替措置」についてはその具体的内容が未だ不明確ではあるが、諸外国の例を参考にしながら適切な制度となるよう検討すべきである。


2020年(令和2年)10月29日
栃木県弁護士会 会長 澤田雄二