栃木県弁護士会からのお知らせ

日本学術会議法改正案に反対する会長声明

　２０２５年５月１３日、「国の特別の機関」とされている現在の日本学術会議（以下「学術会議」という。）を廃止し、国から独立した法人格を有する組織としての特殊法人「日本学術会議」（以下「新法人」という。）を新設する日本学術会議法案（以下「本法案」という。）が衆議院本会議において可決された。
　学術会議の根幹はナショナル・アカデミーとして、時の政治権力から独立した立場で、政府に対し、科学的根拠に基づく政策を提言することであるが、本法案が成立すれば、学問の自由（憲法２３条）に由来する独立性・自律性が損なわれるおそれが大きい。
　ナショナル・アカデミーには、�ヽ惱囘�に国を代表する機関としての地位、�△修里燭瓩慮�的資格の付与、�９餡蛤眄�支出による安定した財政基盤、�こ萋位未任寮�府からの独立、�ゲ餔�選考における自主性・独立性が求められる。しかし、今回提出された法案は、学術会議の独立性・自律性の観点から深刻な懸念がある。学術会議が職務を「独立して」行うという現行法３条の文言が踏襲されず、選定助言委員会（本法案２６条、３１条。以下の条項は本法案のものをいう。）、運営助言委員会（２７条、３６条）、日本学術会議評価委員会（４２条３項、５１条）、監事（１９条、２３条）が置かれている。上記５要件に照らして、学術会議の活動を人事・運営全般にわたって幾重にも縛り、政府の統制下に置こうとしている。これら各機関の設置は、活動面における政府からの独立性、及び会員選考における独立性・自律性というナショナル・アカデミーとしての生命線ともいうべき根幹を損なうものであり、学問の自由（憲法２３条）に対する重大な脅威ともなりかねない。
　さらに懸念されるのは、新法人の会員選任方法である。会員候補の選定にあたっては、多様な関係者からの推薦など幅広い措置が求められており（３０条２項、附則７条３項）、現会員による推薦（コ・オプテーション）方式が損なわれるおそれがある。さらに、新法人が発足する際の会員は、現学術会議の推薦を受けて内閣総理大臣が指名するとされ（附則３条１項）、その候補者を選ぶ委員会の委員任命に際しては、総理が指名する有識者との協議が義務づけられている（附則６条５項）。一方で、任期を残す現会員は新法人の会員となるが再任されず（附則１１条）、新たな選任方法により、現在の学術会議との連続性が断たれる可能性がある。その結果、新法人が政治権力から独立し、科学的根拠に基づく政策提言を行うことができるのか、大きな懸念が残る。
　また、これまで国の特別の機関とされてきた学術会議を特殊法人にすることにより、政府の財政措置は補助にとどまるとされ（４８条）、その結果として、新法人には自主的な財政基盤の強化が求められ、ナショナル・アカデミーとしての安定した財政基盤を維持するための国家財政支出が確保されなくなることも強く危惧される。
　学術会議は、戦前に学問の自由が保障されてこなかった反省から、科学を「文化国家の基礎」とし、「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし」て設立された（日本学術会議法前文）。国の機関でありつつ政府から独立して意見を述べる立場にあるのは、学問の自由を守り、社会の健全な発展を支えるためである。学術会議は２０１７年に、軍事目的の研究を行わないという１９５０年・１９６７年の声明を継承することを確認した。法人化によって政府の統制下に置かれれば、この原則を貫くことが難しくなり、真理探究に必要な精神的自由や科学的・客観的姿勢が損なわれかねない。
　よって、当会は、２０２０年１２月２４日付で、日本学術会議会員候補者６名の速やかな任命を求める会長声明を発出しているが、政府に対し、あらためて２０２０年１０月に違法に任命拒否された学術会議会員候補者６名をすみやかに任命し、相互の信頼関係を構築することを求めるとともに、学術会議の独立性・自律性を損なうおそれが大きい本法案の改正に反対する。
２０２５（令和７）年５月２２日
栃木県弁護士会会長　杉田明子