栃木県弁護士会からのお知らせ

「布川事件」再審開始に関する会長声明

 2008(平成20)年7月14日、東京高等裁判所第4刑事部は、いわゆる「布川事件」に関し、請求人2名からの再審請求事件について2005(平成17)年9月21日に水戸地方裁判所土浦支部が下した再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした(しかしながら、東京高等検察庁は同月22日特別抗告を申し立てた。)。
 
 「布川事件」は、1967(昭和42)年8月、茨城県利根町布川で当時62歳の独り暮らしの男性が自宅で殺害された事件につき、当時20歳と21歳であった請求人らが容疑者として別件逮捕され、共謀のうえ男性を殺害して現金を奪ったことを自白したとして強盗殺人罪で起訴された事件である。請求人らは、第一審公判開始以降今日まで一貫して無実を叫び続けているが、当初の裁判手続では無期懲役の判決が確定し、再審請求も一度は棄却され、二度目の再審請求でようやく再審開始決定がなされたものである。
 
 もともと確定審は、脆弱な証拠構造のもとに有罪認定をしていたところ、本件東京高裁決定は、最高裁の白鳥・財田川決定をふまえ、即時抗告審において初めて検察官から開示された多数の証拠も含む新証拠と確定審で取調べられた旧証拠を総合評価したうえで、確定審が有罪認定の重要な根拠とした目撃者の供述の信用性と請求人らの自白の信用性のいずれについても重大な疑問が生じており、確定判決の判断を維持することはできないとして原決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却したのであり、極めて正当なものである。
 
 特に高裁決定が、請求人らの自白の変遷について、当初の自白はアリバイ等について厳しい追及を受けた末の自白であり自主的なものではなかったこと、警察署から拘置所に移管になった後に一度は否認調書が作成されながら再び警察署へ移管されたことは虚偽自白を誘発しやすい状況に請求人らを置いたという意味で大きな問題があったこと、自白を録音したテープの存在は取調べの全過程にわたって録音されたものではなく変遷の著しい請求人らの供述の全過程の中の一時点における供述にすぎずそのような録音テープが存在するというだけで請求人らの供述の信用性が強まるものとは思われないと指摘していることは重要である。
 
 捜査機関は、自己の予断で自白を強要するような自白偏重の捜査は厳に慎むべきである。そのような違法な捜査がなされないようにするためには後日検証できるように取調べの全過程が録画されて可視化されるとともに、全証拠が弁護人に開示されることが不可欠である。また国際的にも自白強要の温床であり人権上極めて問題があると指摘されている代用監獄は廃止されるべきである。残念ながら「布川事件」における自白強要の取調べが決して過去のものでないことは、近時の「氷見事件」や「志布志事件」でも明らかである。栃木県弁護士会は、2008(平成20)年2月23日取調べの全過程の可視化を求める決議をしたところであるが、今後もこれら刑事司法の改革に全力で取組むことを表明する。
 
 無実の者を処罰することは絶対に許されない。そして有罪認定に合理的な疑いが生じたのであれば、それを改めることに躊躇すべきではない。「布川事件」の請求人らは既に40年以上にわたって強盗殺人犯としてつらく苦しい日々を送っている。
 
 しかるに、東京高等検察庁は、上記即時抗告棄却決定に対し特別抗告の手続をとり、引き続き再審開始を争う姿勢を明らかにした。これは、いたずらに審理を長引かせ、請求人らの苦痛を長期化させるものであって、極めて遺憾である。
 
 当会は、検察庁の特別抗告に厳しく抗議するとともに、一日も早く再審公判が開始されることを強く望むものである。
2008年(平成20年)7月24日
栃木県弁護士会会長 高木光春